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2016年2月23日をもって閉鎖いたしました。
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つづきから「夢見るマグノリア~メイドの独白編~」その2
副題を付けるなら「主人は執事にいささか関心を持ち過ぎ、その結果メイドの憶測を呼ぶ羽目になったこと」
副題を付けるなら「主人は執事にいささか関心を持ち過ぎ、その結果メイドの憶測を呼ぶ羽目になったこと」
当主様は社交で何かと忙しく、奥様と小さい坊ちゃまは不在がち、ひとりで屋敷に残されたアンディ坊ちゃまは頻繁に癇癪を起していた。世話を任されたフットマンのひとりは、「ご機嫌のスイッチがどこにつながっているかわからない」と、階下でよくぼやいていた。
私はアンディ坊ちゃまという人物は、このころはよく知らなかった。たまに男性スタッフに激昂して当たり散らしているか、家庭教師の後ろをついて歩きながら死人のような目をしている姿を見掛けるかくらいだった。でも、とても綺麗な子だという印象を抱いたのは覚えている。
初代様の伝説のひとつに、「妖精を捕獲した」というものがあるけれど、初代様はそのまま妖精を奥方にでもしたのかしら。アンディ坊ちゃまはその血を色濃く受け継いだんじゃないかとすら思う。
いつも不機嫌なアンディ坊ちゃまの一番のお気に入りは、専属仕立て屋のペイシェンスだった。たどたどしく、子供のような話し方をする人で、唯一の形容詞は「可愛い」だった。そして事あるごとに「可愛い」を連呼した。
「お可愛らしいですね、坊ちゃま」
「大変よくお似合いで、お可愛いらしいですよ」
「まあまあなんて、可愛らしい!」
いい年して、丸で気が高ぶって手が付けられなくなった子供同然、という感じだし、私には頭の悪いせりふにしか聞こえないんだけれど、こう言われてアンディは花が綻ぶような笑顔を見せた。
私たち使用人は可愛いことなんか二の次だ。二目と見られぬ酷い顔でもなければ、容姿の美醜より役に立つ方がずっといいのだ。
なのに可愛くなければ価値が無いかのように振舞うペイシェンスがお気に入りだなんて、腹が立つのもわかるでしょ?
今思えば彼女の言う「可愛い」は、私の言うところの「一流」だの「一級品」だの「由緒正しい」だのというのに近かったんじゃないかと思う。でも当時は心底、可愛いか否かで価値が決まるような彼女の態度が許せなかったのだ。
そうこうするうち、事件が起きた。執事のマークスさんが辞職予告を出したのだ。階下にとっては大事件だった。上司の性質は職場の雰囲気を左右する。マークスさんは仕事のやりやすい上司だった。また別の執事がやって来て、感じの悪い人だったりしたらどうしよう。私たちには死活問題にまで発展する。
更に大事件が起きた。アンディ坊ちゃまが出先でテラスから落ちたのだ。怪我は大したことなかったものの、ひとつ間違えば命は無かった。これは本当に大事件だった。そのせいでマークスさんの辞職予告はうやむやになったらしい。知らないうちに慰留、昇格という形にされていた。
事故の後、アンディはますます気難しくなった。
マークスさんは家令になって、新しい執事がやってきた。名前をフジオカさんという、マークスさんが執事になった年齢より更に若い人だ。彼が執事としてやってきたとき、私はようやく雇用主は若い人が好みなんだという結論を出した。
フジオカさんは見事な黒髪で、昼間の太陽でも透けないほどだった。マークスさんより背は高いけれど幅は無く、その分細長くなったという印象だった。そして、妖精や天使の血を引く人たちとは違う系統の美しさがあった。なんて美しい人。
はきはきと快活なマークスさんと違って抑揚の無いしゃべり方をして、あげく感情表現に乏しい顔付き。大丈夫かしらとちょっと心配になった。
人として面白味がない代わりに、仕事の能力はマークスさんに引けを取らなかった。
たまに思うんだけど、人にはそれぞれ百なら百の範囲で、与えられているものが決まっているのではないだろうか。必ずしも平等ではないけれど、ある人に優れた部分があるかと思えば、思い掛けないところで“足りない”というのを、仕事をしているとたびたび目にする。だからフジオカさんは、人間らしさを犠牲に払って仕事の能力を得たのだ。
私たちが束の間の休憩時に愉快にしていると、談話の輪からやや外れたところで、控えめに微笑していた。積極的に盛り上げたりしない代わりに、空気を壊すこともしなかった。階上にいても階下でも、徹底して“執事らしい”人だった。
彼は格下のスタッフに対しても、声を荒げたりしなかった。忍耐強く仕事の必要性を説き、失敗の原因を探り改善に導いた。
それでも私たちは甘やかされていたわけじゃない。フジオカさんはスタッフたちの至らぬ部分を見つけ出すことに関しては天才的で、仕事に妥協は許さなかったからだ。だから「フジオカ執政時代」には、ミスを見付けだされないように、必死になって仕事に取り組んだと言える自信がある。
私はちょっと妙なことに気が付いた。
雇用主は禁欲的ともいえる人物で、他の貴族のような醜聞を流されたりはしなかった。少なくとも私は彼のスキャンダルを聞いたことがない。
だから階下の女の子たちにも、誰にも言えないようなひどい仕打ちはしなかった。偶然を装ってちょっと触る、という下劣なことすらしなかったのだ。
屋敷にいる間、やたらフジオカさんを呼び付ける。特になにが、というわけではない。呼び付けて、ささいな要求をしたり、あるいはちょっとした相談をしたり、そんなことがたびたびあった。さっき一緒に用事を済ませてもらえばよかったのに、と思っているうちに、はたと思い当たることがあった。
私はフットマンのひとりに聞いてみたことがある。
「それで、どうしてるの?」
って。フットマンは仕事のためなら、ご家族の私室に、許可を待たずに入ることを許されていたから。ふたりで取り繕ったり、怪しい態度を取ったりしたんじゃないかと思ったのだ。
「どうにも。卿は机に着いていて、フジオカさんは直立不動の恰好で、卿の言葉を復唱していた」
というのが彼の答えだった。雇用主は理由なんかなかった。ただ呼び付けて用事をさせるという行為に意味があったのだ。
私は少なからず感心した。悪い噂が立ちようもないわけだ。主従の関係を逸脱しなければ、誰も疑わない。でも呼び付けて用事をさせるということが、彼にとって正に“それ”なのよ、と私は思った。
おかしなことは他にもあった。
アンディ坊ちゃまがフジオカさんに執着しだしたのだ。
坊ちゃまの世話はほとんどが家庭教師かフットマンの役割で、執事とは接点が無かった。一体何がどうなってこのふたりが接近したのか、皆目見当もつかない。
表立ってではないけれど、父と子でひとりの男を取り合うという奇妙な現象が起きていた。
ただ、よかったのは、フジオカさんが来てから、アンディが目に見えて落ち着いてきたことだ。転落事故の後、救いようもないほど塞いでいたのに、機嫌良く穏やかな顔を見せることが多くなった。
夢見るマグノリア~メイドの独白編~その3に続く
主要人物が大体そろいました。
メイドには「ふたりが接近した訳は見当がつかない」と言わせましたけど、坊ちゃまが悪夢に悩まされてパニックに陥っていたところ、異常に気付いて落ち着かせたのが執事、という流れだったりします。
次回は階下が訪問客にてんやわんやします。
私はアンディ坊ちゃまという人物は、このころはよく知らなかった。たまに男性スタッフに激昂して当たり散らしているか、家庭教師の後ろをついて歩きながら死人のような目をしている姿を見掛けるかくらいだった。でも、とても綺麗な子だという印象を抱いたのは覚えている。
初代様の伝説のひとつに、「妖精を捕獲した」というものがあるけれど、初代様はそのまま妖精を奥方にでもしたのかしら。アンディ坊ちゃまはその血を色濃く受け継いだんじゃないかとすら思う。
いつも不機嫌なアンディ坊ちゃまの一番のお気に入りは、専属仕立て屋のペイシェンスだった。たどたどしく、子供のような話し方をする人で、唯一の形容詞は「可愛い」だった。そして事あるごとに「可愛い」を連呼した。
「お可愛らしいですね、坊ちゃま」
「大変よくお似合いで、お可愛いらしいですよ」
「まあまあなんて、可愛らしい!」
いい年して、丸で気が高ぶって手が付けられなくなった子供同然、という感じだし、私には頭の悪いせりふにしか聞こえないんだけれど、こう言われてアンディは花が綻ぶような笑顔を見せた。
私たち使用人は可愛いことなんか二の次だ。二目と見られぬ酷い顔でもなければ、容姿の美醜より役に立つ方がずっといいのだ。
なのに可愛くなければ価値が無いかのように振舞うペイシェンスがお気に入りだなんて、腹が立つのもわかるでしょ?
今思えば彼女の言う「可愛い」は、私の言うところの「一流」だの「一級品」だの「由緒正しい」だのというのに近かったんじゃないかと思う。でも当時は心底、可愛いか否かで価値が決まるような彼女の態度が許せなかったのだ。
そうこうするうち、事件が起きた。執事のマークスさんが辞職予告を出したのだ。階下にとっては大事件だった。上司の性質は職場の雰囲気を左右する。マークスさんは仕事のやりやすい上司だった。また別の執事がやって来て、感じの悪い人だったりしたらどうしよう。私たちには死活問題にまで発展する。
更に大事件が起きた。アンディ坊ちゃまが出先でテラスから落ちたのだ。怪我は大したことなかったものの、ひとつ間違えば命は無かった。これは本当に大事件だった。そのせいでマークスさんの辞職予告はうやむやになったらしい。知らないうちに慰留、昇格という形にされていた。
事故の後、アンディはますます気難しくなった。
マークスさんは家令になって、新しい執事がやってきた。名前をフジオカさんという、マークスさんが執事になった年齢より更に若い人だ。彼が執事としてやってきたとき、私はようやく雇用主は若い人が好みなんだという結論を出した。
フジオカさんは見事な黒髪で、昼間の太陽でも透けないほどだった。マークスさんより背は高いけれど幅は無く、その分細長くなったという印象だった。そして、妖精や天使の血を引く人たちとは違う系統の美しさがあった。なんて美しい人。
はきはきと快活なマークスさんと違って抑揚の無いしゃべり方をして、あげく感情表現に乏しい顔付き。大丈夫かしらとちょっと心配になった。
人として面白味がない代わりに、仕事の能力はマークスさんに引けを取らなかった。
たまに思うんだけど、人にはそれぞれ百なら百の範囲で、与えられているものが決まっているのではないだろうか。必ずしも平等ではないけれど、ある人に優れた部分があるかと思えば、思い掛けないところで“足りない”というのを、仕事をしているとたびたび目にする。だからフジオカさんは、人間らしさを犠牲に払って仕事の能力を得たのだ。
私たちが束の間の休憩時に愉快にしていると、談話の輪からやや外れたところで、控えめに微笑していた。積極的に盛り上げたりしない代わりに、空気を壊すこともしなかった。階上にいても階下でも、徹底して“執事らしい”人だった。
彼は格下のスタッフに対しても、声を荒げたりしなかった。忍耐強く仕事の必要性を説き、失敗の原因を探り改善に導いた。
それでも私たちは甘やかされていたわけじゃない。フジオカさんはスタッフたちの至らぬ部分を見つけ出すことに関しては天才的で、仕事に妥協は許さなかったからだ。だから「フジオカ執政時代」には、ミスを見付けだされないように、必死になって仕事に取り組んだと言える自信がある。
私はちょっと妙なことに気が付いた。
雇用主は禁欲的ともいえる人物で、他の貴族のような醜聞を流されたりはしなかった。少なくとも私は彼のスキャンダルを聞いたことがない。
だから階下の女の子たちにも、誰にも言えないようなひどい仕打ちはしなかった。偶然を装ってちょっと触る、という下劣なことすらしなかったのだ。
屋敷にいる間、やたらフジオカさんを呼び付ける。特になにが、というわけではない。呼び付けて、ささいな要求をしたり、あるいはちょっとした相談をしたり、そんなことがたびたびあった。さっき一緒に用事を済ませてもらえばよかったのに、と思っているうちに、はたと思い当たることがあった。
私はフットマンのひとりに聞いてみたことがある。
「それで、どうしてるの?」
って。フットマンは仕事のためなら、ご家族の私室に、許可を待たずに入ることを許されていたから。ふたりで取り繕ったり、怪しい態度を取ったりしたんじゃないかと思ったのだ。
「どうにも。卿は机に着いていて、フジオカさんは直立不動の恰好で、卿の言葉を復唱していた」
というのが彼の答えだった。雇用主は理由なんかなかった。ただ呼び付けて用事をさせるという行為に意味があったのだ。
私は少なからず感心した。悪い噂が立ちようもないわけだ。主従の関係を逸脱しなければ、誰も疑わない。でも呼び付けて用事をさせるということが、彼にとって正に“それ”なのよ、と私は思った。
おかしなことは他にもあった。
アンディ坊ちゃまがフジオカさんに執着しだしたのだ。
坊ちゃまの世話はほとんどが家庭教師かフットマンの役割で、執事とは接点が無かった。一体何がどうなってこのふたりが接近したのか、皆目見当もつかない。
表立ってではないけれど、父と子でひとりの男を取り合うという奇妙な現象が起きていた。
ただ、よかったのは、フジオカさんが来てから、アンディが目に見えて落ち着いてきたことだ。転落事故の後、救いようもないほど塞いでいたのに、機嫌良く穏やかな顔を見せることが多くなった。
夢見るマグノリア~メイドの独白編~その3に続く
主要人物が大体そろいました。
メイドには「ふたりが接近した訳は見当がつかない」と言わせましたけど、坊ちゃまが悪夢に悩まされてパニックに陥っていたところ、異常に気付いて落ち着かせたのが執事、という流れだったりします。
次回は階下が訪問客にてんやわんやします。
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